義仲寺

京都に出張した帰り、大津市にある義仲寺(ぎちゅうじ)を見学した。
 木曽義仲の墓所であり、松尾芭蕉の墓所でもある。
 木曽殿と背中合わせの寒さかな 又玄作
 旅に病で夢は枯野をかけ廻る  芭蕉作
源平の時代、そして江戸の時代を感じて来た。
更に、大津事件の現場が側にあると聞くが、行くことが出来なかった。
法律を学ぶ者には、司法の独立で必ず学ぶ事件である。
ロシア皇太子ニコライを警備にあたっていた巡査津田三蔵が斬りかかり、負傷させた事件である。大審院院長児玉惟謙が、政府の圧力から法を守った事件である。国の存続が大事か、法が大事の大問題で有った。
 山と琵琶湖に囲まれた大津市。勉強をしてきた。  

利休入門

 新潮社の「利休入門」を読んだ。利休は命を掛けて茶を残した。当時茶は政治の一面を成していた。茶人は資金を武人は武力を、それを繋ぐもので有った。その時代の動きが有った。秀吉に切腹を命じられた利休。その秀吉を祭る豊国神社は徳川幕府によって神号が廃止され、朽ちるままにされた。明治になって復活された。
 昼間、豊国廟をお参りした事がある。誰もいなかった。時の流れとはそんなもかも知れない。その中で、茶道は残って来た。何故かとふと考える。

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絹ずれの音

 某道場の記念大会を見学した。日本剣道形を紋付袴、模擬刀で高段者が演武した。打太刀が技を仕掛け、仕太刀がそれに応じ技を出す。高度の呼吸法と技と体捌きが求められる。その道40年の両者が行ったので、重厚みと緊張感が漂った。九歩の間合いから技を出す。「絹ずれの音」が静寂を破り、技へと流れた。見応えのある形であった。

 傍で、連続写真を撮る人が居た。カチ、カチ、カチ…。ゴルフの石井遼がシャツターの音が、という事を新聞で読んだ。形を台無しにする。
 ある時代小説で、江戸時代の武士の生活は「絹ずれの音」と書いてあった。静寂の中に流れる息遣いを壊すシャッターの音であった。

古川薫

 日経の夕刊。「維新の若者」今と重ねるー古川薫さんに聞くの記事があった。先々週山口に出張した。同氏が山口県で文筆活動をしているとあるので、身近に感じた。松下村塾から維新で活躍した人々が輩出したのは、吉田松陰から「自分たちは歴史の中を歩くんだ、歩いているだ」という意識を強烈に植え付けられたと思いますと語る。

 この意識は、己を高める意識になると思う。自分の歴史、家庭の歴史、社会の歴史、そして国家の歴史。どの歴史の場面にあっても、確実に人は毎日歩いている事は、確かだ。この数年日の出前に家を出て、深夜に帰宅する生活を毎日行っている某お医者さんがいる。その人が寸暇を惜しんで剣道の稽古にくる。ストレスはたまらないかと質問したら、たまらないという。確固した一つの歴史を、作られているのであろう。